2017年2月6日月曜日
京都、化野念仏寺。中坊進二の思い出
"中坊進二は、まだ独身で若いころ、5年間ほど京都に住んでいました。よく嵯峨野方面にも行きましたが、化野念仏寺には行ったことがありませんでした。だいたいの寺まわりはしましたが、化野は、よく映画撮影の場所になったり、歌になったりで、あまりに有名すぎるうえ、交通の便が良いとは言えないためだったのかもしれません。
結婚して、数年たって、ある秋の日に、配偶者に京都案内を頼まれ、化野念仏寺を初めて訪れました。自家用車で行ったため、公共の交通機関では多少不便な、大原や嵯峨野に行くことができました。
化野の竹林は有名ですが、渡月橋、大沢の池などを散策したとき、確かに竹林が多かった記憶があります。車を置いて竹林の遊歩道から念仏寺に着いたのは夕方近かったと記憶しています。
とても驚きました。何で、長い間京都に住んでいた中坊進二が、ここを訪れなかったのか不思議に思いました。中坊進二が若かったころに、ここに来ていれば、人生観も変わったのではないか、という思いでした。
肌寒い夕暮れどき、参拝時間締め切りぎりぎりという状況もあったのでしょうけれど、無数に思える石仏と石塔が何かを訴えるようで、その雰囲気に圧倒されました。所謂、無縁仏だということが尚更、時間の流れと人の生きることの無常さを感じさせました。
化野という意味は、仏教用語で、はかなさを示すそうです。同時に、生まれ変わりを意味するそうです。
おそらく、この景色を見て、その歴史を見聞した人にとって、生きることの尊さを理解することが、京都を訪ねた貴重な思い出になるでしょう。"
2017年2月5日日曜日
中坊進二の京都トリップ、退蔵院を訪ねる
"京都の退蔵院は妙心寺の塔頭となる寺院で、水墨画の瓢鮎図があることで著名ですから、中坊進二は期待を膨らませながら訪問することにしました。評判は昔から聞いていたのですが、その魅力は水墨画だけに留まらず、絶景の方丈も同時に素晴らしいことは訪問してみるとよく分かりました。境内にある建物の数々は伝統的な様式美によって作られ、周囲の自然環境と見事に調和していました。庭園にも見事な工夫が施され、周囲の野鳥も親しめるような造形美が作られていたことも印象的でした。
中坊進二が最初に京都の退蔵院に訪れたのは、枝垂れ桜が見頃になる春の季節です。この季節になると周囲の神社仏閣でも花盛りになるわけですが、この寺院の場合には枯山水の独特な美しさも調和することが魅力的です。枝垂れ桜は写真に撮影してみましたが、実際に肉眼で見た場合とは違って、瞬間的な美しさも捉えることができたようです。庭園にある池は周囲の木々の姿を反射させながら、颯爽とした雰囲気を醸し出していることも特徴的だと思います。素朴な形をしている石灯籠に加えて、目地が美しい石畳も同時に鑑賞していると、時間の経過も忘れて夢中になっていることに気づきました。
京都の退蔵院には、秋の季節には紅葉を期待して再び訪問してみました。赤や黄色に染まる木々に対して、常緑樹の緑色が好対照になり、枯山水の白い色彩も融合していたのです。紅葉を眺めているだけでも、中坊進二の日頃のストレスが解消し、京都の魅力を余すことなく実感することができました。
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2017年2月4日土曜日
中坊進二と仁和寺、京都を楽しむ
"京都を楽しむための名所は数多くありますが、その中でも仁和寺は中坊進二にとっても特別な名所です。圧倒的な存在感を放つ寺社建築が素晴らしいだけでなく、季節ごとの花景色が見事なことも印象的です。京都を代表する桜の名所でもあるため、春の季節にはお花見をするために訪れています。
境内は広大な規模で構成されていますから、中坊進二が訪れるときには時間には余裕を持たせるようにしています。巨大な五重塔はシンボルの一つになっていて、春の時期には桜の景色と調和することが知られています。中坊進二は五重塔の写真を撮影することも好きなのですが、桜と一緒にすると美しさは特に素晴らしくなるのです。
勅使門の付近からまっすぐに進むと、やがては壮大な規模の堂宇が見えてきます。この建物は金堂と呼ばれ、現在では国宝に指定されて大切に保存されています。金堂は桃山建築の様式を伝える建物で、江戸時代に移築されたものです。中坊進二は桃山時代の建物に対しても造詣が深いのですが、現代の建築にはないような魅力を感じることができます。
仁和寺の仁王門は、京都では知恩院や南禅寺の三門と並び称されるほどに有名です。中坊進二にとっても仁王門は特別な建物で、訪れるごとに魅力に惹かれています。仁王門の左右に安置されている金剛力士像も見所の一つですから、訪れた場合には必見の価値があると考えています。仁和寺の御室桜の隣にある中門も好きな建物の一つで、京都らしい景色として魅力的に感じています。"
2017年2月3日金曜日
中坊進二と京都、神護寺についての色々
季節によって違う美しさを見せる庭や景色を含め、京都の魅力は尽きないものです。日本の美術を専攻していた中坊進二はいろいろな展覧を見学するために市内の美術館、博物館、社寺を訪ねました。神護寺は空海が密教の儀式である潅頂を行った寺院です。ここでは毎年5月に宝物の虫干しを兼ねた展覧があります。そこを訪ねた中坊進二には、新緑におおわれた山々の曲がりくねった道を登った先にある、京都の街の喧騒も遠く、川の音と木々の葉のみずみずしい色に囲まれた別世界でした。ここは空海の呼吸が聞こえてくるような自然の中にある空海に縁の深い寺院です。京都には空海ゆかりの寺院も多く東寺は密教の根本道場として今でも空海の請来した曼荼羅を始めたくさんのゆかりの品が所蔵されています。平安京の時代から伝わるその品々とともにその土地が伝えてきた空気はその歴史観、人生観に反映されていまだここには息づいていると思うことが多々あります。しかし中坊進二にとっての神護寺は平安京をかたちづくった人々の息吹を空海という大きな人物、宗教家をとおして感じる場所です。現在の京都が東京、大阪、博多など魅力的な都市がたくさんある中で、そのどの場所とも違う独自のカラーを持ち、存在感をますます大きくしているのはなぜか。それを考えた時、やはり平安京からの歴史を振り返らざるを得ない底の深さを有していることに気づかされるのです。現在の京都は表面的には社寺や街の歴史を提示しているだけに見えますが、目に見えるものの裏にある目に見えないものに目を凝らしてみるのも、視点を変えた見方で楽しめます。
2017年2月2日木曜日
京都巡り、西本願寺で中坊進二が見てほしいポイント
"浄土真宗本願寺派の総本山となる西本願寺には、中坊進二が特に見てほしいポイントが多数ありますが、その中でも特におすすめできるものを紹介します。本堂になる阿弥陀堂は、京都にある木造建築物の中でも代表的なものです。1760年に再建されたもので、正面から見れば間口の広さや屋根の大きさを実感できます。本堂の中は拝観することが可能で、中坊進二も実際に中に入ったことがあるのですが、厳かで神聖な雰囲気に包まれて緊張したことを覚えています。
西本願寺にある建築物の中で、桃山時代の様式を伝えるものでは唐門も有名です。この唐門は伏見城から移築したという説もあり、絢爛豪華な装飾のおかげで日が暮れるまで見ていても飽きることがないと言われています。そうしたことから、唐門は日暮門とも呼ばれ、極彩色の装飾のおかげで眩いばかりの輝きを実感できるようになっています。唐門の装飾は驚くほどに豪華ですが、屋根の部分は落ち着いた色彩の檜皮葺になっていることも、長く見ても飽きない理由の一つではないでしょうか。
中坊進二が京都の西本願寺で見てほしいポイントとしては、特別名勝となる虎渓の庭も同時におすすめできます。この庭園は京都にありながらも、中国の廬山の険しい渓谷を再現したデザインになっていることが特徴です。枯山水と庭石が巧みに配置される中で、ツツジなどの低木も植栽されています。庭園の花が咲く時期になると、白い砂利の部分との対比が美しくなり、植栽の緑や青空の色彩と調和して絶景になります。
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2017年2月1日水曜日
中坊進二の京都トリップ、岬神社で感じたこと
"中坊進二が訪れた京都の「岬神社」は京都市にある神社で、別名では土佐稲荷という名前でも呼ばれています。1348年に京都の鴨川西岸の岬のような出っ張りのある場所に建てられたことから「岬神社」という名前がつけられたとされています。江戸時代初期頃に土佐藩京屋敷に遷座され、倉稲魂命と石栄神をご祭神としています。つまり土佐藩邸の庭に祀られていたことから土佐稲荷と呼ばれるようになりました。中坊進二が岬神社に興味を持ったのはこの神社が幕末の志士だったあの坂本龍馬が一週間ほど土佐藩邸で謹慎させられていた時に崇めていたという話を聞いたからです。神社の境内の左側には中坊進二が見たかった坂本龍馬の像がありました。小さめの像ですが、龍馬だとわかるものでした。そして参道の右側には社務所があり、龍馬の写真も飾られています。龍馬像は以前にもありましたが、熱狂的なファンによって削られてしまったり、雨や風にさらされたことでかなり傷んでしまったことから、新しい龍馬の像が安置されているのです。
現在の社殿はまだ新しく、1913年に近隣の氏子達によって建てられたものです。6月10日には例祭が行われますが、この時には明治10年から伝わっている神輿も修復されて巡幸します。神輿を見たい方はこの例祭の日に出かけるのがおすすめです。この神社はそれほど大きな神社ではありませんが、近隣の人々に愛されている神社です。混雑しているわけでもなく、静かにゆっくりと見ることができるのが良いところです。"
2017年1月31日火曜日
中坊進二と京都。瑞泉寺、お気に入りのポイント
"京都にこれから旅行で訪れようと考えている方が多くいるかと思われます。日本の歴史が感じられる観光スポットが多くあるので、歴史が好きな方はかなり楽しむことができます。テーマパークにはない魅力があるので、訪れようとするのは良い選択だと高く評価することができます。ただ、有名な観光スポットしか知らない方が多いようです。そこで、中坊進二が京都に行ってみて気に入った瑞泉寺について見ていきます。
このお寺はこの地でかつて起こった悲しい出来事や新しい京の町の誕生などをとどめておくためにできたお寺になります。この地で何が起こったのかを学ぶことができるので、中坊進二はかなり好感を持っています。気に入っているポイントは境内の各所に秀次一族や瑞泉寺についての資料が展示されている点になります。他には地蔵堂や本堂などもクオリティが高く見てみる価値があります。周りがビルに囲まれているエリアなので、他のお寺とはちょっと違う雰囲気を味わうことができます。アクセスは駐車場がないので公共交通機関を利用するべきです。三条駅から徒歩5分、地下鉄の三条京阪駅から徒歩8分の場所にあるので、アクセスも悪くないと言うことができます。週末はよくイベントを行っているので、何が行われているかチェックしてから訪れることをおすすめします。中坊進二は京都がかなり好きなので様々なスポットを訪れてきましたが、十分楽しめるところだと評価しています。京都旅行の際は瑞泉寺も訪れることを検討してみてください。"
2017年1月30日月曜日
中坊進二の京都トリップ、下御霊神社で感じたこと
"京都は、数多くの有名な神社ばかりでなく、雰囲気の良いお寺が多く、中坊進二達を飽きさせません。たまには、下御霊神社のような小さいながらも風変わりな寺社仏閣を、訪れるのも良いものです。下御霊神社は、風情のある寺町通りのを北に進むと、一番奥の丸太町通りと交差する辺りにある神社です。中坊進二は、一歩境内に入ると、ゾワゾワとする身の毛がよだつ感じがしました。平安時代の桓武天皇の頃に、京都各地で疫病が流行したので、御霊の祟りであるとして、鎮めるために創祀した御霊社です。これらをきっかけに信仰が広がり、御霊信仰の扇の要のような存在です。もともとは地元の産土神だったのですが、流行り病で亡くなられた人々の霊の影響でしょうか、慰める事に力を尽くされてきました。
建物は古く、神社に詳しくない中坊進二でも、とても歴史を感じます。特徴的な社殿構成は、大変インパクトがあり、本殿を始め、幣殿や南北廊などが、屋根を互いに交錯させて内部空間をつなげています。これらは京都市内の御霊社の個性だと言われています。
さらに、鳥居の前に、可愛らしい二体の狛犬の像があります。一体が笑っていて、中坊進二をリラックスさせてくれるように感じました。
また、境内からは、名水が湧き出ていて、水質検査に合格している井戸水は、とてもまろやかで美味しいので、ペットボトルに汲みました。この神社を堪能した後は、すぐ隣にある京都都七福神の一つである有名な革堂に、廻るのがお勧めです。
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2017年1月29日日曜日
中坊進二の京都ひとり旅、護王神社を訪ねて
"京都ひとり旅を計画していた時に、中坊進二の干支であるイノシシにゆかりの神社があると知って、訪れたのが護王神社です。京都駅から地下鉄烏丸線の丸太町駅で降りて、烏丸通沿いに少々北上した場所にあります。
護王神社の御祭神は、和気清麻呂命と和気広虫姫命です。清麻呂が道鏡事件によって鹿児島へ流された際、足萎えのために立つこともできなかった時に、どこからともなく300頭のイノシシが現れ、そのご加護によって歩けるようになったそうです。そのため足腰の健康や病気・怪我の回復に高いご利益があるといわれ、表門には紫色の大きな足腰お守りが掛けられていています。そして亥年の守護神社としても、高い人気があります。
境内にはあちこちにイノシシの像があります。入口横の手水舎のイノシシ像は、鼻をなでると幸せになれるそうなので、しっかりなでできました。拝殿の前にあるのは、珍しい雌雄一対の狛イノシシです。本殿で参拝した後、本殿の右側にある足萎難儀回復の碑にも参拝します。いくつかある足型の上に乗ったり、碑の手水舎にあるイノシシをなでたりして、旅の足疲れの回復を祈りました。
中坊進二は行いませんでしたが、本殿脇の霊木の根元にある願掛け猪のまわりに、座立亥串という願掛けの串がたくさん刺し立てられていました。
境内の左側には、たくさんの方から奉納された猪コレクションが並べられています。可愛いもの、リアルなもの、チェーンソー彫刻のものなど、ユニークな品々ばかりです。
ちなみに亥年生まれの方は、社務所に申し出ると小さな絵馬など記念品を頂くことができます。もちろん中坊進二も頂いてきました。
京都旅行で有名どころの寺社へ行くのも良いですが、自分の干支にゆかりの寺社に行くと親近感が湧いてきて、より楽しかったです。
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2017年1月28日土曜日
京都の梨木神社で中坊進二が見てほしいポイント
"中坊進二は数十年前に、御所のすぐ近くの大学に通っていました。
他の学生たちと同じように、中坊進二も時間があると、よく御所、鴨川の河原、京大近くの古本屋まわりに時間つぶしに行っていました。
御所の中の東側に、御所の派手さと明るさと対照的な、目立たない神社があり、京都の暑い夏には、木陰に涼みに行って、冷たい湧き水を飲んだものです。その神社が梨木神社でした。ただ学校の近所にあったというだけで、その歴史や由来などはわかりませんでしたが、調べてみると、明治維新や大正天皇などと関係があるのだそうです。御所にある神社ですから理解できます。
有名なのは、数百本と言われる萩の木です。確かに、夏は木陰で涼しいはずです。秋には萩祭りがあります。また、湧き水は、京都の三大名水とされる染井と言われます。梨木神社内には、愛の木という樹があります。ハート型の葉っぱとハート形の絵馬で、女性が多く訪れる京都の恋愛のパワースポットと言われているようです。とは言え、これは、中坊進二が住んでいたころには今日ほど有名ではなかったものです。湧き水と多くの萩と愛の木は、ぜひ見てほしいポイントです。
この付近の散策も興味深いものです。有名大学が多くあった文教地区ですし、少し足を伸ばし、今出川通りまで行き、賀茂大橋を渡れば京都大学の雰囲気を味わうこともできます。
また、そのまま東へ向かえば、鴨川にかかる荒神橋があり、この橋付近の鴨川の河原では公園、グランドなど緑が多く、四条河原町の川べりで多くのアベックが並んで座っている様子とは違い、学生が語り、ジャズがどこからともなく流れてくるような雰囲気です。梨木神社と御所を散策したあと、こうした学生街を散策するのも見てほしいポイントです。"
2017年1月27日金曜日
中坊進二と京都、見どころ満載の相国寺へ
"京都の相国寺は、鴨川沿いを散策する途中で訪れたことがあります。足利将軍家とのゆかりが深い寺院となっているために、かつての将軍家の栄華を伝える伽藍が特徴的です。中坊進二が訪れたときには、京都の夏の暑さが非常に厳しい時期だったのですが、緑豊かな自然のおかげで涼しさも実感することができました。
狩野光信が描いた天井画が見事だということを知っていましたから、実際に見てみましたが、大変な迫力がありました。この天井画は鳴き竜と呼ばれているそうですが、中坊進二が真下から眺めていると、本当に鳴き声が聞こえそうな気がしました。実際には手を叩いて鳴らすと音が反響するそうなのですが、中坊進二が試したときにはうまくいきませんでした。特別な場所で鳴らすと良いそうなので、何度も訪問していればコツが掴めるかもしれません。
相国寺の正面にある法堂は木造建築でありながらも壮大な迫力があり、京都の街中で異彩を放つ存在になっていました。法堂を近くで眺めてみると、寺院や天守閣の装飾としてお馴染みな花頭窓があることも分かりました。屋根も堂々たる風格があり、下側の柱とともに力強い造形になっていたことも忘れることができません。中坊進二は伽藍の細部の装飾にも興味を持っているものですから、破風に取り付けられた懸魚のデザインにも感動しました。相国寺にある方丈も見て回ったのですが、こちらも法堂と同様に素晴らしい構造美があり、庭園と一緒に感動的な景色を堪能できました。
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2017年1月26日木曜日
京都の本法寺で中坊進二がおすすめしたいポイント
"京都には魅力的な観光スポットが多くあるので、日本人だけでなく世界中の人が訪れています。都にもなったところなので、日本人はもっと積極的に訪れるべきです。日本の歴史を学ぶことができますし、他の地域では見ることができない建物があるので、訪れてみるメリットは間違いなくあります。中坊進二も大の京都好きなので、現在も少なくとも年に数回は行っています。そこで、中坊進二が気に入っている観光スポットについて見ていきます。それはどこかというと、本法寺になります。
本法寺は日蓮宗僧侶である久遠成院日親上人によって造られた日蓮宗の本山となっています。開創の時期は諸説あるのですが、1436年に造られた「弘通所」が有力とされています。1788年に起きた大火でほぼ焼失してしまいましたが、本堂や開山堂、仁王門、書院などが整備されて今に至っています。おすすめしたいポイントは宝物館になります。貴重な作品等が展示されているので、宝物館を見るだけでも訪れる価値があると言うことができます。佛涅槃図や徳川歴代将軍御朱印状、日親上人曼荼羅本尊、観心本尊抄口伝などがあります。日蓮宗の歴史を学べるだけでなく、芸術作品も楽しむことができるので、中坊進二もかなり気に入っているお寺になります。拝観時間は10時~16時となっています。京都は清水寺や金閣・銀閣などの世界に誇る観光スポットがありますが、本法寺のようなそこまで知名度が高くないところもおすすめです。"
2017年1月25日水曜日
京都の浄土院で中坊進二がおすすめしたいポイント
"京都の「浄土院」は京都市左京区にある「大文字」の管理をしているので「大文字寺」と呼ばれています。大文字とは京都の四大行事の一つとなっている五山送り火の一つです。バスで銀閣寺前でおりて徒歩6分ほど、銀閣寺道でおりると徒歩10分ほどです。中坊進二が浄土院を訪れる際に楽しみにしていたのは浄土寺二位尼・丹後局立像です。丹後局は日本の楊貴妃と呼ばれていた女性で、後白河法皇の側近だった平業房の妻だった人です。夫亡き後は後白河法皇の寵愛を得て内親王も生んでいます。寵愛を得たことで政治にも介入していたことから楊貴妃と呼ばれるようになったのです。この像はきれいな彩色をほどこされており、ガラス越しに見ることができます。丹後局の足元には何人もの小人のような像が配置されています。丹後局がこのお寺に祀られているのは亡き夫の所領にあったこのお寺に住んでいたことから浄土寺二位と称されたといわれています。
中坊進二は以前、隣りの銀閣寺へ訪れたことがありましたが、その時は銀閣寺の門のすぐ隣りにこのお寺があることに気づいていませんでした。このお寺で中坊進二が気に入ったものの一つに仏足石もありました。仏足石は仏陀の足裏の形を石の上に刻んだものなのですが、浄土院の足裏にはいろんな模様が描かれて彫刻されています。この模様にはいろんな意味がそれぞれあるといわれています。模様は足の指裏などにも彫刻されており、とても独特でした。紅葉の時期には紅葉も美しく、きれいです。"
2017年1月24日火曜日
中坊進二と京都、宝鏡寺で癒される
"日本国内の旅行先といえば京都を選ぶ方が多いと思われます。テーマパークにはない面白さがあるので、良い選択だと言うことができます。ただ、小さい子にはまだ魅力が分からないと思われるので、大人だけで訪れるのがベストです。子供は少なくとも小学生の高学年でないとつまらないと感じてしまいます。
そこで、中坊進二が訪れて良かったと感じた宝鏡寺について紹介していきます。本尊は聖観世音菩薩で、伊勢で漁網にかかったものと伝えられているので変わった姿をしています。宝鏡寺の特徴は様々な人形を所蔵している点になります。孝明天皇が持っていた人形などとても価値があるものが多くあります。たくさんの人形が所蔵されていることから通称で人形寺と呼ばれています。人形は普段は非公開になっているのですが、春と秋に開かれる人形展で見ることができます。人形展に合わせて訪れることをおすすめします。中坊進二は京都にある様々お寺を訪れてきましたが、特にインパクトがある場所になっています。
拝観時間は10時~16時で、大人が600円で小人が300円の料金になります。アクセスは最寄りのバス停から徒歩1分の場所にあるので、バスの利用を推奨します。車を利用する選択肢もありますが、駐車場が2台分しかないので公共交通機関を利用するべきです。中坊進二も宝鏡寺はかなり気に入っているところなので、京都旅行の際に訪れてみることを検討してみてください。知名度が高いお寺にはない魅力があります。"
2017年1月23日月曜日
京都巡り、雨宝院で中坊進二が見てほしいポイント
"京都観光をしようと考えている方が結構いるかと思われます。国内には様々な観光スポットがありますが、その中でも京都は高く評価することができます。他の地域にはないものが多くありますし、日本の歴史を学ぶことができるので、訪れてみる価値が大いにあります。ただ、メディア等で取り上げられている観光スポットばかり注目されている現状があります。そこで、中坊進二が訪れてみて良かったところについて紹介します。それは雨宝院になります。
雨宝院は821年に嵯峨天皇の病気平癒を祈願し、歓喜天を安置した大聖歓喜寺が始まりだと言われています。中坊進二が見て欲しいと感じたポイントは、まず手洗井戸の「染殿井」になります。染色に適した軟水で、西陣の染色業者がよく利用したようです。この井戸の水を使って染色するとよく染まると重宝され、夏の旱魃でも涸れることがなかった凄い井戸になります。また、御朱印があるので、集めている方は貰ってみてください。シンプルな御朱印ですが、シンプルさの中に味があるので、中坊進二は好感を持っています。他には境内にある桜も魅力の一つです。拝観料は基本的に無料なのですが、観音堂は500円かかります。アクセスは最寄りのバス停から徒歩5分になります。車で行く選択肢もありますが駐車場がないので、公共交通機関の利用をおすすめします。京都は他にも魅力的な観光スポットがありますが、ちょっとの時間でも構わないので雨宝院に訪れてみてください。"
2017年1月22日日曜日
京都の浄土院で中坊進二がおすすめしたいポイント
"京都は世界的な人気を誇っているので、世界中から観光客が訪れています。日本でも修学旅行先の定番となっています。日本の歴史を学ぶことができる場所なので、日本人であれば訪れておくべき観光地だと言うことができます。ただ、清水寺や金閣・銀閣、西本願寺などといった一度は見聞きしたことがあるメジャーな観光スポットばかり選ばれていますが、他にも魅力的なところがあります。そこで、中坊進二が訪れてみて気に入っている達磨寺について見ていきます。
達磨寺は1727年に大愚和尚を開山とし、万海和尚が創立したお寺になります。正式名は法輪寺で、通称から分かると思われますが、たくさんのだるまが祀られています。諸願成就で奉納されただるまなど、その数は8000以上となっています。また、日本の映画創業以来の関係者の400余りの霊が祀られています。他のお寺とは明らかに異なっていて個性的なので、中坊進二もかなり気に入っています。中坊進二はこれまで京都にあるお寺や神社を巡ってきましたが、中でも面白いところだと評価しています。境内は無料で見ることができて、特別拝観日に本堂やだるま堂、茶室などを見る場合は、大人が300円、中学生が200円、小人が100円となります。アクセスは電車やバスの最寄り駅から徒歩5分の場所にあるので、公共交通機関の利用を推奨します。京都旅行の際はメジャーな観光スポットを選びがちですが、達磨寺のようなあまり知名度が高くないところもオススメです。"
2017年1月21日土曜日
中坊進二の京都ひとり旅、北野天満宮の魅力
"京都市北区にある北野天満宮は、平安時代に活躍した菅原道真をお祀りしている神社です。全国に多数ある天満宮の総本社で、京都では北野の天神さんと呼ばれて親しまれています。菅原道真は学問の神様としてあがめられていることから、学業のご利益を受けられる神社として、いつ訪れてもたくさんの修学旅行生が参拝に来ています。
中坊進二が初めて北野天満宮を訪れたのは、3月の梅の時期でした。道路に面した大きな一の鳥居から、ゆるやかな参道を歩いていきます。楼門を抜けると梅の木があり、本殿の前や摂社、末社の周りなど、広い境内のあちこちで梅が咲いています。
さらに美しいのは、梅の時期に公開される梅苑です。紅、白、一重、八重など、約50種類約1,500本の様々な梅を、散策路に沿ってのんびりと歩きながら観賞することができます。中坊進二のおすすめは、御土居の紙屋川沿いにある枝垂れ梅です。空から降ってくるように伸びている枝に梅の花がたくさん咲いている様子は、可憐な華やかさがあります。
梅苑の公開は2月下旬から3月下旬頃なのでまだまだ空気は冷たいですが、春めいた陽射しを浴びながら、新しい季節の訪れを感じることができました。
梅苑の一部にもなっている史跡の御土居は、新緑の時期には青もみじ、秋になると紅葉の景色を楽しむことができます。中坊進二は紅葉の時期にも行きましたが、梅の時期とは全く違った色とりどりの紅葉が広がっていました。菅原道真の歌の石碑近くの高台から見下ろす一面の紅葉も美しいですが、夜のライトアップで紅葉の夜空が広がる様子も魅惑的で良かったです。
北野天満宮の御土居に入苑するのは有料になりますが、四季それぞれの景色を眺めながらゆったり散策できるのでおすすめです。京都駅からはバスで行けるので、境内で参拝するだけでなく、是非寄ってほしいと思います。
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2017年1月20日金曜日
中坊進二と京都、見どころ満載の剣神社へ
"京都に旅行するのは何度目かわかりませんが、外国人旅行客がいくようなメジャーなところはほとんど見尽しましたので、中坊進二は別の場所に行くことにしました。できるだけマイナーな寺や神社に行こうとしたのです。旅行計画を組んでいる時に、ふと目に留まったのが京都の剣神社でした。この神社は名前からしてもなにかわけがありそうな感じがします。そこで、思い切って次の休みに行ってみることにしたのです。
剣神社のある場所は京都の東山区になります。中坊進二は新幹線に乗って、京都駅でバスに乗り換えました。駅の北の方にある御寺や神社は周りがビルに囲まれていることもありますが、剣神社は非常に静かなところにありますので、いかにも神社という感じがします。
この神社はどうやら、中坊進二も知りえないぐらい昔の話の中に出てくるようで、創建はいつからかわかっていません。少なくとも、794年の平安京遷都のころにはすでにあったということです。この神社の特徴は絵馬が飛び魚の模様になっていることです。このような絵馬ははじめてみました。中坊進二がいた時は全く行事をやっていない五月でしたが、4月に行けばお祭りをやっていたるそうです。今度行くときは4月に行ってみようと思いました。基本的に有名なところではありませんので変わった部分はありませんでしたが、自然の中にある神社というだけで非常に落ち着きを感じることができます。帰りは周辺のお店に立ち寄りお土産を買ってきました。また数年後に来ようと思います。"
2017年1月19日木曜日
中坊進二が京都で行った光明院、その魅力
光明院は京都の東山に位置しますが、東山の最南にある大寺院である東福寺の塔頭の一つです。ちなみに塔頭とは禅宗において高僧の死後に弟子が、その徳を慕って大寺に寄り添って建てた塔のことです。光明寺が禅の宗派であることから想像できるように、中坊進二がおすすめしたいその見どころは枯山水の庭園です。光明院には波心の庭と雲嶺の庭の二つの庭があります。禅のこころが生んだ独特な世界観の象徴とも言える枯山水の庭園は一見の価値が充分にあります。方丈を取り巻くようにつくられた波心の庭は白砂と苔の中にいくつもの庭石が配置され、その背景に季節に春は新緑と見事なサツキやツツジ、秋には美しい紅葉が見られるようになっていてそのコントラストの美しいことは、光明寺が虹の苔寺と称されることに表されていると思います。中坊進二はいつまで眺めていても飽きることがなく、訪れる季節や時間帯によってかわるその趣に一度ならずと足を運んでいます。この庭園をつくったのは、重森三玲という昭和を代表する作庭家であり、庭園史の研究家ですが、その名の由来はフランスの画家ジャン・フランソワ・ミレーにちなんだものだそうです。そのためか禅の宇宙を表す枯山水でありながら、どこかモダンな風を感じられるような気がします。その他季節ごとにアザミ、オニユリ、キキョウ、しだれ桜などの美しい花々を見ることができる光明院は中坊進二の京都のお気に入りのスポットの一つです。京都の色を濃く映す嵐山には周辺にも豊かな観光コースがありますので是非足を運ぶことをおすすめします。
2017年1月18日水曜日
中坊進二の京都旅行、平野神社を訪れて
京都へ旅行に行ったとき、中坊進二の希望で平野神社を訪れてみることにしました。
平野神社のことは京都へ旅行へ行く、となったときにいろいろと調べて中坊進二が興味を持ったのでいくことになったのですが、境内に入ると少し左に大きな楠の木があり、その前に置かれている、すえひろがねという石に興味を持ちました。
すえひろがねは大きな石でこの大きな楠の木が御神体なのですが、その前に置かれているのでたくさんの人が見ることができます。
すえひろがねは不思議な力をもつ石、といわれていて、昔は三種の神器のひとつがこの石から作られていたという言い伝えもあります。京都に行くときは一度この神社のこのすえひろがねを見てみたいと思っていました。平野神社へは何人か参拝者の方や観光客の方がいらっしゃって、けれどどこか静かで、中坊進二が訪れた時期が秋だったのもあってとても景色もよかったです。
この神社ですえひろがねをなでて、力を授かりたいと思っていました。はじめは本当に触ってもいいのだろうか、怒られないだろうか、きちんと確認をしてから、と思って境内をうろうろとしていたのですが、観光客の方が触って、ゆっくりと拝んでいたのをみて、次に触ることにしました。
境内は静か、そしてリラックスできる空気があり、景色もとてもきれいでした。何よりどこか空気が優しくて、もう一度訪れたいと思えるところだったのがよかったです。京都旅行での一番の思い出を作ることができてうれしかったです。
2017年1月17日火曜日
中坊進二の京都一人旅、竹林寺に
京都には「竹林寺」という名前のお寺が複数あります。左京区、右京区、上京区など、場所も様々。
中坊進二が訪れたのは、京都市上京区にある、通称「赤門の竹林寺」、あるいは略して「あかちく」と呼ばれる浄土宗西山禅林寺派のお寺です。
JR嵯峨野線の円町駅から北東方向に歩いて5分ほどの場所にあり、鮮やかな朱門が印象的。
鎌倉時代末期の1304年、後宇多天皇の勅願により創建された由緒あるお寺で、本尊は阿弥陀如来、藤原時代初期の作と伝えられている十一面観世音菩薩なども安置されています。
創建当初の門は現在のような朱門ではなく、足利尊氏が再建した際に朱塗りの門になったとのこと。
でも、このお寺が有名なのは長い歴史ゆえではなく、境内に尊王攘夷派の志士たちのお墓があるため。
中坊進二も、ご多分に漏れず、新撰組がらみの歴史を追いかけるうちここを知り、京都へ行く機会があったのでお参りしてきました。
ちなみにお目当ては池田屋事件で新撰組に捕らえられた古高俊太郎です。
志士たちの遺体が、実際に竹林寺に埋葬されたわけではありません。
明治になったばかりの1877年、西ノ京刑場跡から多数の白骨が発見されました。
この時、一緒に埋められていた朱書のある瓦片により、これらが生野の変で六角獄舎につながれた平野国臣(ひらのくにおみ)以下37人の未決囚の遺骨であると判明しました。その遺骨が供養のためにここに移葬されたのです。
境内にある六角獄舎殉難志士之墓には、生野の変だけでなく、天誅組の変や池田屋事件などで殉難した志士たちも合祀されています。
「六角獄舎殉難志士」と書いたご朱印をいただけたのが嬉しかったです。
祀られている志士たちに想いを馳せ、ちょっと沈んだ気分になった中坊進二たち。「だるま寺」として有名なお向かいの法輪寺に足をのばしました。
境内に鎮座する様々な達磨さんにちょっとホンワカ気分に。
激動の歴史を感じるお寺訪問でした。
2017年1月16日月曜日
中坊進二と京都、立本寺で清らかな気持ちに
京都で桜を見るなら、中坊進二の一推しは京都市上京区にある立本寺(りゅうほんじ)です。
北野天満宮から、南東方向に歩いて10分ほどの近さなのですが、あまり有名ではないため観光客はあまりいません。
しかし、ここ、実は知る人ぞ知る桜の名所なのです。
広大な境内には、何本もの桜の木が植えられています。まさしく「所狭し」という感じ。
満開になると、花で本堂が埋もれてしまうほど。薄紅色にふわふわと広がる花びらが、雲か霞のように見えます。
境内の桜はほとんどがソメイヨシノですが、本堂の前には立派な枝垂桜が植えられています。
大きな枝が地面につきそうなほど垂れ下がり、満開の桜に重そうにしなる様子は優雅そのものです。
満開になっても、訪れるのは中坊進二のような地元民や子供たちばかり。
地元密着型の桜の名所で、ゆったりした空気にすっかり癒されます。
立本寺は日蓮宗本山で、その歴史は複雑です。
元亨元年(1321年)に、京都最初の道場として日像上人が四条大宮に開いた妙顕寺龍華院が応永20年(1413年)に比叡山衆徒に打ち壊され、その後立本寺として再興されたのが始まりです。
その後は何度か場所を移ったり火事にあったりし、18世紀に現在の場所に移ったそうです。
「明治維新までは20以上の塔頭を擁していた」という境内はかなり広く、現在でも4つの塔頭が残っています。
ご本尊は十界曼陀羅。本堂だけでなく、鬼子母神を祀る刹堂や「園林堂」と呼ばれる客殿、鐘楼、山門は京都市指定有形文化財に指定されています。
1850年に造営された枯山水のお庭・龍華庭園は、2011年に修復され、京都市の名勝に指定されています。
境内には石田三成に仕えた島左近のお墓があります。
島左近といえば、戦国時代好きにはお馴染みのキレ者の軍師。「三成に過ぎたるものが2つあり 島の左近と佐和山の城」などと言われたそうです。気の毒。中坊進二なら泣いてしまうかも。
2017年1月13日金曜日
中坊進二の京都トリップ、知恩寺、その魅力
京都大学を訪れた折、中坊進二はしばしば知恩寺を参拝します。観光客が良く行く観光地ではないため、静寂な雰囲気に浸ることができるのがその理由です。境内は広く、屋根の大きな本堂までの参道は長い石畳です。普通のお寺と違うのは、浄土宗の教祖、法然上人ゆかりのお寺であるため、随所に文化財級の建築物や美術品が存在しているところです。本堂までの間に、向かって左側に阿弥陀堂、右側に釈迦堂が向かい合っています。本殿の後ろには小方丈や衆会堂、寺務所などがバランス良く配置されています。このお寺は後醍醐天皇の時代に京都で起きた疫病をしずめるために、百万遍のお経を唱えた空円上人にあやかって、百萬遍知恩寺として市民に親しまれています。知恩寺の周辺は京都大学や同志社大学が並ぶ文教地域です。中坊進二はこの街の文化的な雰囲気が好きで、百萬遍のお寺は周辺を散策する起点になります。学生街のために食堂も多く、気軽に入れるのが利点です。メニューは学生用に安くてボリュームのあるもので、味も良く満足します。さらにこの近くには銀閣寺と賀茂神社があり、中坊進二は時間があればそこまで足をのばします。銀閣寺へは今出川通りを東へ進めばよく、哲学の道などの観光地を巡ることができます。東大路通りを南へ進めば、浄土宗の総本山、知恩院へ達します。南無阿弥陀仏を唱えれば成仏できると言う、法然上人の教えは現在も生きています。全国屈指の檀家数を誇る浄土宗のお寺を巡るのも、仏教を知る良い機会になります。
2017年1月12日木曜日
京都の南禅寺で中坊進二がおすすめしたいポイント
南禅寺は京都の中でも自然に囲まれた場所です。もちろん、観光客は多いですがなんだかゆったりした気持ちになれて中坊進二が大好きな場所です。
南禅寺には見どころが多くあります。
まず、南禅寺の中には方丈庭園があって、枯山水を楽しむことができます。ここの枯山水は一か所だけでなく、いくつかの庭に分かれており、それぞれに意味があります。また、全く違う作りになっているので、様々な枯山水を見ることができてなかなか興味深いです。庭園好きには絶対におすすめのスポットです。これまで京都で見てきた枯山水の中で中坊進二はここが気に入っています。
入ってすぐの三門にも入場料を払えば登れるようになっています。三門も中ももちろん見ごたえがあるのですが、おすすめしたいのは三門の上から景色を眺めることです。
登ってきた参道を見下ろすことができて、なかなかにいいものです。
そして、中坊進二が行くなら絶対に外せないのが水路閣です。琵琶湖から京都市内に水を引くために作られた水道橋なのですが、赤レンガで作られており、なんだかローマの水道橋のようで一瞬どこに迷い込んだんだろうと思ってしまうような光景なんです。
お寺の境内にあるのが不思議なくらいのデザインなんですが、自然とその場所に溶け込んでいるんです。木々に囲まれて、静かに佇んでいるような雰囲気がまたいいんです。知らないと気付かずに通り過ぎてしまうかもしれないので、しっかりと場所を確認して行ってみてください。
2017年1月11日水曜日
中坊進二の京都旅行、本妙寺に行った時の事
中坊進二の実家は、京都にあります。小さいの頃は、祖母にお寺に連れて行って貰う機会が多かったのですが、中坊進二が高校の頃に亡くなり、お寺に行く機会が少なくなりました。
本妙寺は、祖母と何度か訪れたことのある寺院で思い出として中坊進二の中に残っています。
本妙寺は、今は、東大路通りの東側にありますが、創建当時は、新京極あたりにあったという話を聞いています。
訪れた時は、幼稚園と小学生の頃だったので詳細までは覚えていませんが、安産守護の御利益があるという話を祖母がしてくれたことは覚えています。
就職先が東京なり、しばらく関西に戻る機会がなかったのですが、つい先日友人の結婚披露宴に招待され京都に帰ることになりました。
結婚式は日曜日だったのですが、金曜日の仕事終わりに東京の品川駅から新幹線に乗り京都に戻りました。
その新幹線の中でふと思い出したのが、祖母が中坊進二に話してくれた安産守護の御利益の話です。
結婚披露宴を挙げる友人は、お腹に赤ちゃんがいました。
日曜日が式だったので、土曜日は久しぶりの実家でゆっくりするつもりでしたが、その友人の安産をお願いするために小学校の頃に祖母と行って以来の本妙寺に安産祈願に行ってきました。
久しぶりに訪れましたが、もの静かな感じは全く昔と変わらず、祖母と訪れたことを思い出しました。
友人が無事に子供を産めるようにお願いできたのと同時に中坊進二自身も祖母との楽しかった思い出に浸ることができました。
久しぶりに訪れてよかったです。
仕事で忙しく京都に中々帰る機会がなかったのですが、もっと休みの日にはこっちに戻って来ようと思いました。
2017年1月10日火曜日
中坊進二が京都で行った粟田神社、その魅力
京都に一人で行ったときになにげなく訪れたのが粟田神社です。山の上にあるので眺望もいいのではないかと思い、行ってみました。
粟田神社に着いたらまず、石段でくじけそうになりました。中坊進二だけでなく女性なら誰でもちょっと躊躇してしまいそうになるのではないかと思う石段です。でも、その石段を登ると、京都の中でも結構いい位置にあるのではないでしょうか。
平安神宮や大文字焼をする山が見えたりして、風景に感動しました。登るのは大変ですが、その価値はあります!
ちょっとした、休憩所のような東屋があるのでそこで休むこともできます。
中坊進二が行ったときには、平日だったこともあり自分を含めて5人くらいしかその場にいませんでした。多分、あまり人が来ない穴場スポットみたいな感じなんですね。
京都はどこに行っても人が多いというイメージだったので、ここはゆったりできていい感じです。お参りも人がどんどん来るなんてことはないので、ゆっくりすることができました。
中坊進二以外もなぜかその場にいたのは若い女性でこんな人がいないところにわざわざと不思議だったのですが、今流行っているゲームにも関連したスポットだったんですね。中坊進二はプレイしていないので、後から知りました。
平日は人がほとんどいませんが、もしかすると隠れ人気スポットなのかもしれませんね。びっくりするくらいいい景色が見られるので、晴れた日に近くを通ることがあったら一度訪れて見ることをおすすめします。
2017年1月9日月曜日
中坊進二の京都旅、大雲院へ
中坊進二の京都旅で、「銅閣」と呼ばれる大雲院に2013年の夏に特別公開された際に訪問したことがあります。
このお寺が建てられたのは天正15年で、正親町天皇の勅命で織田信長・信忠親子の菩提を弔うために建てられました。最初は烏丸二条にありましたが、豊臣秀吉の時代に四条寺町に移転しました。その後、現在の高島屋京都店の店舗拡張に伴い、1973年に東山にある寧々の道沿いの現在の場所に移転しました。
1973年にお寺が移転するまで、この場所には大成建設や帝国ホテルの創始者である実業家の大倉喜八郎の別荘「真葛荘」がありました。大倉喜八郎は、「金閣も銀閣もあるんだから、銅閣も作る」ということで、敷地内に祇園祭の山鉾をモチーフにした「祇園閣」という塔を建て、屋根を銅板葺きにすることで「銅閣」を造ったのです。独特の形状で天にそびえる祇園閣は、寧々の道からも眺めることができます。
大雲院の境内では美しい庭園や、織田信長・信忠親子の墓を見学しました。境内には石川五右衛門の墓もありました。祇園閣の高さは36mもあり、階段を上って最上部に出ると八坂の塔や京都タワーなどを眺めることができました。
大雲院の見学を終えた後は、中坊進二の次の目的地である知恩院に向かいました。
ちなみに四条寺町には、かつてこのお寺の境内にあった火除天満宮が残っています。中坊進二の京都旅で、別の機会にこの火除天満宮に立ち寄ったことがあります。今は鳥居と小さな祠があるのみですが、多くの人の信仰を集めています。
2017年1月6日金曜日
中坊進二の京都トリップ、岩屋神社へ
中坊進二は京都で古い神社を訪問してみようと思い、山科にある岩屋神社を訪問したことがあります。
本殿の背後にある奥の院にある陰陽2つの巨巌はパワースポットとして人気があり、こちらも訪問しました。神社(奥の院にある磐座)が創建されたのは仁徳天皇の時代と伝えられています。仁徳天皇は西暦5世紀頃の人物とされているので、この神社は古墳時代から存在していたことになります。本殿には天忍穂耳命と栲幡千々姫命という夫婦神が祀られていて、夫婦円満や縁結びの御利益があることで有名です。
中坊進二が京都駅から岩屋神社を訪問したアクセスルートですが、京都市営地下鉄東西線を利用して山科駅まで行き、京阪バスに乗り換えて神社の最寄りのバス停で下車しました。神社は地下鉄椥辻駅から徒歩で20分の距離にありますが、奥の院に行くために山登りをしなければならないので体力を温存するために路線バスを利用しました。
神社の入口には、本殿に至る長い石段が続いていました。頑張って長い石段を登ると本殿がありました。本殿の前で少し休憩してから、奥の院を目指して山登りを始めました。奥の院に至る道の入口には「奥之院参道」の看板がありました。
つづら折りの山道には等間隔に小さな鳥居が建てられていて、伏見稲荷のミニチュア版のような雰囲気でした。伏見稲荷のように地面が舗装されていないので、歩きやすい靴で行く必要があります。
20分ほど山登りをすると陰岩があり、少し進むと陽岩がありました。巨大な陽岩は、まっすぐに空に向かって聳え立っていました。中坊進二は巨大岩を眺めながら、自分が立っている場所で古代人がこれらの大岩を伏し拝む姿を想像していました。
中坊進二が岩屋神社を訪問したのは初夏の時期でしたが、奥の院に至る山道は京都市中心部よりも涼しく感じました。
2017年1月5日木曜日
京都巡り、元慶寺で中坊進二が見てほしいポイント
京都に引っ越してから、ハイキングがてら「西国三十三観音巡礼」を始めた中坊進二。
週末に、番外の元慶寺へ行ってみました。
「西国三十三観音霊場巡りはまだしも、番外ってなに?」
これは、中坊進二も始めてみるまで、いまひとつわかっていませんでした。
「信仰を確認し深めるために霊場を旅する」のが巡礼です。関東では坂東三十三か所が有名ですね。
中坊進二は仏教信者ではありませんが、京都にいる間にその長い歴史に触れ、ついでに健康状態も改善しようと思い、札所巡りを始めました。
西国観音巡礼を始めたのは大和長谷寺の徳道上人という人。
養老2年(718年)、病床の徳道上人は、夢で『人々を救うため霊場を開くように』と閻魔大王からのお告げを受け、病が平癒した上人は、お告げに従い三十三か所の観音霊場を設けました。しかし、なかなか人が集まらない! そこで上人は一計を案じ、宝印を集めて中山寺の「石の唐戸」の中に埋めます。永延2年(988年)、この宝印を掘り出した花山法王が、ここから巡礼が広まりました。ちなみに日本で最初の霊場札所です。
つまり、始めたのが徳道上人、広めたのが花山法王というわけです。
そのため、元々の三十三カ所霊場以外に、花山法王に縁の深い元慶寺、法起院、花山院菩提寺の3つが番外として付け加えられました。ここに更にもう一つ加えた三十七か所のお参りをすると「満願」と言う人もいるようです。
この「諸説あり」というのは民間信仰としての長い歴史を感じさせてくれるので、中坊進二は大好きです。
醍醐寺をお参りしたあと、京都市山科区の元慶寺を訪れました。
渋谷街道から住宅街の細い路地を進むと、竜宮造りの山門が見えてきます。
地下鉄東西線の御陵駅から徒歩で15分強。けっこう歩きますが、札所巡りなら車より徒歩が風情があるというもの。
境内は狭いけど、草花がたくさんあり、静かで良いお寺です。
団体の参拝者がいる時は、参道が狭く大変なので少し待つのが良いと思います。
2017年1月4日水曜日
中坊進二と京都、興聖寺の特徴とその魅力
中坊進二が訪ねた興聖寺(こうしょうじ)は、京都の宇治市にあります。鎌倉時代初期に、道元禅師が深草に創建した道場を始まりとする曹洞宗の寺院で、たいへん歴史があります。その後一時は廃絶されていましたが、1648年に淀城主の永井尚政が復興して境内を作ったとされています。
宇治川のほとり、お寺の石門から山門に至る200メートルも続く参道は、脇を流れる川のせせらぎが、琴の音に似ていることから、琴坂と呼ばれています。そして、興聖寺は宇治の紅葉の名所として有名です。その参道の紅葉は、まるで鮮やかな紅葉のトンネルのようで、写真の撮影スポットとしても中坊進二はお勧めです。また、竜宮門の内側から眺める真っ赤な紅葉も必見です。その年の天候によっても左右されますが、こちらの紅葉の見頃は、例年、11月下旬~12月上旬頃となっています。
他に、楼上には十六羅漢をまつっています。竜宮造の三門が印象的で、曹洞宗初開道場と掲げられています。また、平安時代中期の作とされる木造聖観音立像は、かつて源氏物語の宇治十帖の古跡が手習の杜に祀られていたことから手習観音の名で親しまれています。他には、「春岸(しゅんがん)の山吹」「興聖の晩鐘」は宇治十二景に数えられています。
京都の京阪宇治線の宇治駅より徒歩で約10分程で到着します。または、JR奈良線の宇治駅からも徒歩約17分程です。ぜひ、秋のシーズンに京都の興聖寺を散策してみることを中坊進二はお勧めします。
2017年1月3日火曜日
中坊進二の京都一人旅、浄瑠璃寺の魅力
京都の木津川市にある「浄瑠璃寺」には「一度は見たい、日本の秘仏5選」に選ばれた「吉祥天女像」という非常に美しい秘仏があることで知られています。中坊進二の京都への一人旅の目的もこの像を見るためのものでした。しかも浄瑠璃寺では「吉祥天女像」の公開は年に3回だけとなっているので機会を逃してしまうと、また来年にならないと見ることができないということにもなりかねないのです。
浄瑠璃時を実際に訪れてみると京都より奈良に近い場所で、静かな土地なだけに参道も自然に囲まれて「まるで極楽浄土へ向かう道のようだ」と表現されることも少なくありません。中坊進二が参道を歩いていて感じたのはなんだか懐かしいなという感情でした。このお寺は平安時代に流行していた阿弥陀浄土信仰の形式を今でも残しており、極楽浄土を再現したお寺としても有名です。
そして中坊進二の目的だった「吉祥天女像」は本堂の「九体阿弥陀堂」に安置されていました。1212年鎌倉時代頃に製作されたという像で、高さはわずか90cmほどとわりと小ぶりなものです。ご本尊の左横にあるお厨子の中にその美しい姿があります。秘仏とされているだけに彩色が今でもきれいに残っており、まるで人間のような肉感的な姿が魅力です。しかし服装は左右が全く対称的になっており、それもまた美しさを増している理由です。作者は不明となっているのもまた神秘的だといわれる所以なのでしょう。
また浄瑠璃時は紅葉の美しさでも有名なので、見ごろとなる11月頃に足をのばしてみるのもおすすめです。浄土式庭園をはさむように本堂と三重塔が並んでいますので、そのコントラストを楽しむのも素敵です。
2017年1月2日月曜日
中坊進二と京都、来迎院で清らかな気持ちに
賑やかな京都観光も楽しいですが、たまには寺院本来の姿を満喫するのもいかがでしょうか。京都市左京区にある来迎院は心静かに清らかな気持ちになるには最適の場所です。ここは寺院で行われる法要儀式の中で仏教経典などに節をつけて唄う仏教音楽である声明(しょうみょう)、そのなかで天台声明の本場でもあるのです。声明は日本音楽の源流とも言われており、民謡や演歌などに多大な影響を与えたものです。毎週日曜日になれば本堂で住職による声明を聞くことができます。中坊進二も実際に聞いてきましたが実に壮大で威厳のある、そしてお堂に響き渡る声明に感銘を受けました。まさに心休まる音色とはこのことです。来迎院の庭にある鐘が開始の合図となっています。京都観光名所は数多くありますが、中坊進二はこの声明を生で聞くことができるのはとても貴重な体験ではないかと思います。さらに声明に関するさまざまな歴史を知ることもできます。しかし来迎院の見どころはそれだけではありません。四季折々の自然を満喫することもできますが、その中でもとりわけおすすめしたのが秋です。秋に訪れることでこの寺院本来の良さである「静けさ」を感じることができます。拝観できるのは本堂のみとなっていますが、古来より祀られている如来三尊を拝見することもできます。近くには観光名所のひとつ、三千院がありますがそちらとは違い訪れる人も少なくなっているのも中坊進二がおすすめしたいポイントのひとつです。心が洗われるような、とても清らかな気持ちで散策することができます。
2016年12月30日金曜日
中坊進二と京都。覚勝院、お気に入りのポイント
京都の初冬の風物詩といえば、誰が何と言っても「大根焚き」。
「大根焚き」は別名「大根供養」とも呼ばれ、お釈迦様が菩提樹の下で悟りを開いた日(12月8日)にちなんで行われる仏教行事です。
起源は鎌倉時代に遡り、梵字を書いてお供えした大根を、魔除けとして他の大根と一緒に焚きあげて信者に振る舞ったのが最初と言われています。
昔は丸い聖護院大根の腹に一つずつカラメルで梵字を書いていましたが、年々参拝者が増え、聖護院大根だけでは足りなくなってしまいました。そのため、現在ではどこも長い大根を使っています。
仏教行事なので、大根焚きをやっているお寺は京都にも複数あります。
鳴滝の了徳寺や千本釈迦堂、山宝寺が有名で、最近は延暦寺なんかもやっていますね。
でも、大根焚きの一番乗りは、京都市右京区の大覚寺の塔頭・別格本山の覚勝院(かくしょういん)です。
覚勝院は、真言宗大覚寺派の大本山の大覚寺の塔頭。大覚寺を訪れると、右手のバス停留所の向かい側にあるのですぐわかります。
長い白壁に黒い瓦の載った立派な門。どことなく時代劇に出てくる武家屋敷のような趣のお寺です。
親しみをこめて「聖天さんの大根焚き」「聖天さんの大根供養」と呼ばれる覚勝院の大根焚きは、11月末(旧暦の小雪を挟む2日間)に行われ、楽しみにしている人も多いのです。もちろん中坊進二も。
ご本尊は十一面観音ですが、聖天堂に祀られているのは「聖天さん」と呼ばれる歓喜天。
その聖天さんの好物は、お酒とお団子と大根。
中坊進二も好きな三品です。聖天さんと味の好みが合うなんて光栄。
聖天さんにお供えされ、供養された大根のお下がりを頂くと、人生を歓喜悦楽して暮せる、と言われています。難しい言葉では「心身の毒が消え八福に欲する」と言います。
中坊進二も境内に溢れる信者の方々に混じり、お揚げと共に2日間焚かれ、柚の刻みを載せた優しい味のお大根で深まる秋を味わってきました。
2016年12月29日木曜日
中坊進二と京都、渡月橋についての色々
中坊進二が京都の渡月橋に訪れるときには、様々な情景が複雑に交差して、感慨深い気分になります。最近では珍しくなった形式であり、昔の桁橋の原型をよく残している構造物です。見た目は鴨川の三条大橋とよく似ているもので、それぞれのスパンは非常に短い構造です。橋脚と橋桁の部分はRC構造になっているわけですが、中坊進二が初めて見たときには、これは完全な木橋だと思ってしまったことを覚えています。
京都の渡月橋には独特な魅力があるため、中坊進二は形にも注目してみました。橋脚は4本の太い柱で支えられる構造で、手前には水切りのようなものが設置されているため、三角形にも見えます。上部工の高欄は完全な木製ですから、周囲の渓谷美と見事に調和します。高欄の端部にあるのは親柱のようなもので、橋の名前が書かれているのですが、見た目からして時代劇に出てくるような雰囲気があります。右岸側の嵐山駅から出発するときには、最初には渡月小橋を通ることになりますが、中坊進二はこちらの造形美も大好きです。
中坊進二と京都を考えると、渡月橋の絶景は常に頭に浮かんできます。紅葉の名所として知られ、周辺で蛇行する桂川のダイナミックな地形も印象的です。左岸側には嵯峨野があり、一角には世界遺産に登録されている天龍寺などの名所があるため、京都らしい寺社の街並みを眺めたいときにも訪れています。昼間には紅葉と調和する青空の景色が見事ですが、暗くなるとライトアップで美しくなりますから、冬の寒い夜であっても訪問することを楽しみにしています。
2016年12月28日水曜日
中坊進二の京都トリップ、野宮神社を訪ねる
中坊進二が京都旅行で是非お勧めしたいスポット野宮神社をご紹介します。
京都・嵯峨野の竹林の中にある野宮神社は、京都観光でも特に人気が高い嵯峨野めぐりコースの起点に位置していることもあり、いつも観光客で賑わっています。
元々は伊勢神宮で天照大神にお仕えする斎王が身を清めた神聖な場所であり、源氏物語の「賢木(さかき)の巻」の中に登場する事でも有名です。物語の中に登場する「黒木鳥居」と「小柴垣」は今も境内に残っています。
また、良縁結びの野宮大黒天や子宝安産の白福稲荷大明神などの神様が祀ってあることから、女性に人気のパワースポットでもあります。
神社を訪れてまず目に入る黒い鳥居は『黒木(くらき)の鳥居』と呼ばれるものです。鳥居と言えば朱色に塗られたものが一般的な現代では一風変わった見た目に映るこの鳥居ですが、樹皮をはがす前のくぬぎの木材をそのまま使って建てた珍しいもので、日本最古の形式を保った鳥居だといわれています。
黒木の鳥居をくぐって神域内に入ると、本殿が迎えてくれます。本殿には健康と知恵を授けるといわれる天照大神が祀られ、本殿の右奥にある苔の庭園の向かい側には、芸能上達の白峰弁財天、交通安全の大山弁財天なども祀られています。
さらにここには、中坊進二のような恋愛成就を願う女性に人気のある神社でもあります。境内には良縁結びの神様である野宮大黒天がまつられ、本殿の左には、願い事を唱えながらなでると1年以内に良縁が訪れるという言い伝えがある「お亀石」と呼ばれる神石があります。多くの女性がこの「お亀石」の御利益を目当てに、良縁・子宝に恵まれるようにと訪れるようになったそうです。
以上、中坊進二の京都旅行のオススメスポット、野宮神社を簡単にご紹介しました。
2016年12月27日火曜日
中坊進二の京都トリップ、広隆寺で感じたこと
中坊進二の京都トリップとして、京福電鉄沿線のお寺巡りをしたことがあります。
京福電鉄嵐山線・北野線の沿線は、古いお寺の宝庫です。京都で一番古いお寺が、太秦にある広隆寺です。このこのお寺は真言宗で、推古天皇11年(603年)に建立された古いお寺です。京都に平安京が遷都されるよりも前から存在していたのです。このお寺が建立される16年前の西暦591年まで日本は古墳時代です。その頃は、日本各地に巨大な古墳が造営されて、多くの埴輪が作られていたはずです。
広隆寺は聖徳太子が所有していた仏像などを安置するために建立されたお寺で、大陸から仏教が伝来してからまだ数十年しか経っていない頃です。このため、寺には非常に多くの国宝や重要文化財が所蔵されています。
中坊進二が注目した仏像は、宝冠弥勒菩薩(半跏思惟像)と宝髻(ほうけい)弥勒菩薩像です。これらは国宝に指定されていて、学校の教科書にも載せられています。半跏思惟像の本体は赤松の木で作られていることから、大陸から日本に持ち込まれて聖徳太子が譲り受けたものであると考えられています。残念ながら仏像の顔の部分は昭和時代に石膏で補修が施されているので古代に造られた当時の顔とはかなり異なるそうですが、日本書紀に記述されている古い仏像です。
仏教といえば日本の伝統的な文化というイメージがあります。しかし、このお寺が建立された7世紀初頭の日本人にとっては、仏教は異国の新しい文化であると認識したはずです。当時の日本人にとって、仏教の死生観や教理、仏像や建築様式、作法など全てが新鮮に感じたに違いありません。
中坊進二が広隆寺で感じたことは、安置されている仏像が教科書で見たことがあるせいか、生まれて初めて訪れた場所なのに懐かしいような感覚を覚えたことです。
2016年12月26日月曜日
中坊進二と京都、梅宮大社についての色々
梅宮大社は京都の中でも中坊進二が一押ししたいスポットです。毎年初詣に行き、それ以外の時期にも度々訪れています。右京区梅津に位置する梅宮大社は、住宅街の中に位置しています。阪急線の松尾駅から徒歩約15分。桂川を眺めながら歩いていきます。いつ行っても澄んだ空気と落ち着いた雰囲気で気持ちをリフレッシュさせることが出来ます。5棟の社殿は京都府登録文化財にも登録されています。古くから子授け、安産にご利益があると親しまれており、お酒の神様でもあります。また、こちらに祀られている仁明天皇が作曲家であり、横笛の名手だったことから音楽の神様としても知られており、社務所で売られている音楽・芸能のお守りは全国でも珍しく、遠くから買いにくる音楽関係者もいるほど人気です。そしてこちらの神社は名前の通り、京都有数の梅の名所としてもとても有名です。2月から3月頃にかけて、神苑の梅が色鮮やかに咲き誇る様子は圧巻です。社務所では自家製の梅干しが販売されていますので、お土産に買って帰るのも良いですね。梅だけでなく、桜と紅葉の人気スポットでもあります。春夏秋冬いつ行っても日本の四季の美しさを感じられる場所です。是非参拝の際には神苑も見学されることをおすすめします。そして、中坊進二のおすすめは梅宮大社をゆっくり参拝し、その後嵐山まで散歩するコースです。嵐山までも徒歩圏内の近さなので、中坊進二はいつも参拝の後は嵐山を観光して、日々のストレスや疲れをデトックスしています。
2016年12月23日金曜日
中坊進二が京都、武信稲荷神社で見てほしいポイント
京都にある「武信稲荷神社」は名づけや命名に縁の深い神社です。京都のパワースポットと一つとしても知られており、中坊進二もそのご利益を得ようと「武信稲荷神社」を訪れました。ご神木は樹齢850年ともいわれる榎で、健康と長寿の神として知られていますが、榎を「えんの木」とも呼ぶので縁結びや恋愛成就の神としても知られているのです。
しかもこの神社にはかの有名な坂本竜馬のその妻おりょうの逸話が残っています。この神社の南にはかつて「六角獄舎」という牢獄があったのですが、そこにはおりょうの父である楢崎将作が勤王家の医師であるという理由から捕らえられていました。おりょうも竜馬も面会は許されず、このご神木に登って牢獄の様子をうかがっていたといわれているのです。また龍馬独特の字で「龍」の字が榎に彫られており、自分は無事だとおりょうに伝えるために竜馬が彫ったのではないかと伝えられています。京都を訪れたら、竜馬ファンならぜひこの神社のご神木を見ておきたいものです。中坊進二もパワーをもらうと同時にそれを探すのを楽しみにしていました。
せっかくなので、武信稲荷神社だけで購入できるお守りを買ってみることにしました。中坊進二は縁結びのお守りを買いましたが、袋には竜馬とおりょうの姿、そして龍の文字が刺繍されていますのでとても良い記念になりました。ちなみに縁結びの他にも円満守りもありますので、ご夫婦の場合はこちらを買ってみるのも良いでしょう。
2016年12月22日木曜日
京都巡り、正運寺、中坊進二のお勧めポイント
京都巡りをするなら中坊進二のお勧めは正運寺です。京都市中京区にある正運寺は阪急京都線「大宮」駅下車で徒歩5分ほどの所にある浄土宗鎮西派のお寺で、本尊は阿弥陀仏です。1,600年(慶長5年)加藤清正の重臣である飯田覚兵衛が深誉上人を開山として創建したとされます。この人物は加藤家三傑の一人で槍の使い手としても名を馳せ、日本槍柱七本の一人に数えられています。
1788年天明の大火の時は当時の観音を信仰していた身重の女性が、この寺で無事出産したことから安産時と呼ばれ女性の信仰を集めました。文化財としては中坊進二のお勧めのひとつでもある、江戸時代の東町奉行所の与力だった森孫六の研いだといわれる槍の穂先です。
そして中坊進二が最もお勧めのポイントは、この森孫六と同僚の渡辺金三郎に関わるものです。森は大変活躍した人なのですが、安政の大獄で沢山の人を江戸に送ったことで志士たちから逆恨みされました。そして1862年近江の旅宿「石部宿」で惨殺されたのです。その時の刺客団24名の中には、「人斬り以蔵」で有名な岡田以蔵や長州の久坂玄端などがいたのです。森たちの首は京都の粟田口まで運ばれましたが、梟されました。
この当時の絵師が渡辺金三郎の生首を絵に描いたのが、「渡辺金三郎断首図」(正運寺蔵)として残されました。首は竹に串刺しにされた上に口は紐で縛られ、眼は閉じられています。何でも実際の血糊を顔料に含ませ色付けしたといわれています。結局のところ森以外のお墓の場所は不明となっています。
生々しい歴史の1ページとして日本人なら心に留めておきたい所です。
2016年12月21日水曜日
中坊進二と京都、見応えたっぷりの二条城へ
京都が好きで毎年秋には必ず遊びに行く中坊進二ですが、色々なお寺などを見ている中で、やはりとても印象に残っている観光スポットと言えば二条城です。京都には珍しいお城という事で、外国人旅行客などが多く訪れていますが、日本人の中坊進二たちにとっても、京都の中でも興味深い観光スポットであるという事が出来ます。二条城には修学旅行で訪れたのですが、数十年前の記憶は既に消えてしまっており、徳川家康が作らせた有名なお城だったという事くらいしか知らない状態で訪れました。不審者の侵入を防ぐために作られた、うぐいす張りの廊下も初めて自分が歩いてみてキュッキュと音をたてたので、噂に聞いていた通りで嬉しくなりました。そして、昔の日本人たちが色々な工夫をして二条城を建てたという事にも深い感動を覚えました。中坊進二が特に印象に残っているのは、車寄の屋根部分です。とても優雅で品格を感じる形である事に心を打たれ、写真を何枚も何枚も撮りました。ちょうど晴れて美しい日本晴れが拝める日だったので、檜皮葺とのコントラストが今でも頭の中に浮かんでくるほどです。お城の中はもちろんの事、お庭の広さもかなりのもので、気が付いたら随分と歩きまわっていて見ごたえがたっぷりでした。時間が経つのも忘れるように見入ってしまいましたが、大広間もの豪華さやいくつもある豪華装飾のほどこされたお部屋などにも、このお城のスケールを改めて感じさせられ、目がくらむようでした。
2016年12月20日火曜日
中坊進二の京都一人旅、清浄華院の魅力
京都へ一人旅に行ったとき、清浄華院へ行ってきました。
中坊進二が京都へ行くのはこれで2度目ですが、清浄華院へ行ったのははじめてでした。
本堂は外から参拝して、参拝後に朱印をいただきました。いろいろな京都のお寺で中坊進二も朱印をいただいていますが、集まってくると楽しいものです。
このお寺は華やかさがあるわけでもなく、どこかどっしりとした空気がありながら、やはり清浄で中坊進二はとてもこのお寺が好きだと感じました。歴史を感じることができる境内とどこかまだ新しさを感じることができる雰囲気が不思議でした。本堂のほかのも、不動堂があったので、こちらも参拝してきました。
清浄華院は浄華院ともいい、浄土宗四大本山のひとつで法然上人二十五霊場の二十三番札所です。
総門は歴史を感じることができる堂々たるもので、この門も魅力のひとつだといえます。このお寺のすばらしいところは、境内のいろいろなところに参拝、拝見することができるところがあることだと思いました。長い歴史を感じることができ、すべてに何かの意味がある、と感じる、そんなところでした。
ぐるぐると境内を回って、ゆっくりと歩いてみたのですが、一人旅だからこそ時間をかけて境内や参拝をすることができたと思いました。このお寺の魅力は、時間をかけてもゆっくりと過ごしたい雰囲気があり、歴史とそれぞれの意味をしっかりと考えることができるということだと思います。京都へ一人旅に来たときにはまた立ち寄りたい場所です。
2016年12月19日月曜日
中坊進二の京都トリップ、幸神社で感じたこと
京都の幸神社へ行ってきました。
幸神社はパワースポットとしても人気があるので、以前から気になっていました。
中坊進二もパワースポットがたくさんある京都には一度行ってみたくて、この神社に行くことができて本当によかったです。また、縁結びの神様がいるということで、中坊進二も張り切って行ってきました。
京都には何度かいったことがありますが、中坊進二が一番気になっていたのが、この神社でした。周辺は住宅街なのでにぎやかというわけでもなく、静寂というわけでもない、ごく普通の境内と感じました。社務所ははじめは無人なのかを思っていたのですが、きちんと人がいらっしゃって、境内を少しいくと石神さんという立て札を発見しました。この石神さんが縁結びの神様に違いがないと思い、拝んでおきました。
手水舎はかわいい鉢がおいてあって、少し楽しい気分になることができました。小さな鉢にひしゃくが置いてあって、それでそっとお水をすくって手を洗ったのですが、このときからようやく来ることができたのだと感じました。境内はほかにも何人か観光客の方がいて、静かな境内をゆっくりと歩いている方が多かったです。祭殿も大きなわけではないですが、どこか堂々たるものを感じました。屋根瓦がお猿さんのような形の文様があって、気になりました。
京都の鬼門除けということで、いろいろなことを調べてからいったのですが、やはり静かな力強さを感じることができました。大きい神社ではないです。ですが、パワースポットというのは確かに感じることができたので、行ってみてよかったです。
2016年12月16日金曜日
京都の即成院で中坊進二が見てほしいポイント
春や秋、四季折々の自然を満喫するにはおすすめの京都ですが、特に紅葉シーズンには京都の東山エリアには多くの観光客が集まります。高台寺や清水寺、八坂神社など名だたる寺院が集まる場所でも有名です。しかし中坊進二がおすすめしたいのは小さいながらも話題性のある即成院です。即成院は真言宗泉涌寺派の総本山・泉涌寺の塔頭です。今でこそ東山エリアにありますが、創建当初は伏見区にありました。毎年10月に行われる「二十五菩薩練供養」でも知られています。ここで中坊進二がぜひ見て欲しいポイントは本堂にある阿弥陀如来座像とそれを中心とする25体の菩薩像です。本堂内にある仏壇に4段に分けて安置され、そのうちの23体は楽器を演奏する姿となっています。このような姿は絵画作品としては多く見られますが、実際の立体像として表しているものはとても珍しいものなのです。阿弥陀如来含む26体のうち11体は平安時代の、そして残りの15体は江戸時代の補作です。これらすべては国の重要文化財にも指定され、見るだけで圧倒される迫力があります。京都には数多くの寺院がありますが、楽器を奏でているというユーモアのある仏像はあまりお目にかかれません。さらに中坊進二が見て欲しいポイントがもうひとつ、「平家物語」や「源平盛衰記」に登場する平安時代末期の戦国武将・那須与一です。即成院にはこの那須与一の墓とされる石塔があります。那須与一ゆかりの寺として境内には扇の紋が至るところで見ることができますが、これは「平家物語」に記されている扇の的を射抜く話から由来されています。
2016年12月15日木曜日
中坊進二と東福寺、京都を楽しむ
中坊進二は京都が大好きでもう何度か訪れています。古都というわりにはすっかり都会で、駅も近代的で地下街やデパートなどもあるのですが、ところどころにお寺や神社がまぎれこんでいて、ほかの土地にはあまりない京都独特の景色があるところが気に入っています。最初に訪れたのは修学旅行なのですが、そのときは自分の好きなところに行けなかったので大人になったら絶対に行こうと思ってました。そして大人になって働いてお金が貯まったときに、一人で行きました。そのときは秋でちょうどJRのCMで東福寺がやっていて紅葉がとてもきれいだったので、このお寺は絶対に行こうと決めていました。そして念願かなって一人で京都を訪れたとき、一番最初に行ったのが東福寺でした。このお寺の庭は紅葉が美しく見られるように作られており、楓の木がたくさん植えられています。中坊進二が行ったときは11月はじめだったので、紅葉には少し早かったのですがそれでも楓の木の半分は赤く色づいていてそれはそれでうつくしかったです。紅葉している赤いところとまた色づいていない緑が混ざり合っていたので、中坊進二個人としては少し早い時期に行ってよかったと思います。東福寺は紅葉の名所なのですが建物自体は重厚な造りになっており、鎌倉にある建長寺と少し似ているように感じました。建物の中に入って、通天橋から庭を眺めると紅葉がまるで燃えるようでとても美しかったです。そして庭を歩いていると、通天橋と紅葉のコラボレーションを楽しむことができます。
2016年12月14日水曜日
中坊進二が京都、養源院でお勧めしたいところ
中坊進二の京都旅で、昨年の春に智積院の庭園を見た後に養源院に立ち寄ってみました。
このお寺は豊臣秀吉の側室の淀君が、父であった浅井長政と祖父の浅井久政の供養のために秀吉に願って創建したお寺です。浅井家の菩提寺として有名なお寺です。創建当時は天台宗であったものの、戦後になって浄土真宗に改宗しました。京都にある有名な寺院のいくつかは創建した後に改宗した所がいくつかありますが、近代になって改宗したお寺は大変珍しいのです。
養源院の見どころは、伏見城から移築されてきた本堂の血天井です。これは伏見城の廊下として使用されていたものです。中坊進二の京都旅でも、生々しい戦の傷跡を見る機会はほとんどありません。
血天井の血痕は、関ヶ原の合戦に先立つ伏見城の戦いで、鳥居元忠ほか1000人余りの家来が城を死守して、最後に自刃した際に付いた血の痕です。自刃した家来たちの供養のために、380余名の血痕が付いた廊下が本堂の天井に移築されたのです。今でも生々しい血の痕を見ることができます。
美しい庭園や、見事な襖絵や屏風などの美術品とは異なりますが、凄惨な戦いの傷跡を今に伝える貴重な遺跡として、血天井を見ておくことを中坊進二は勧めます。
血天井の他に、本堂の襖絵は俵屋宗達の有名な作品です。俵屋宗達作の屏風はいくつか見ることができますが、襖絵はこのお寺の本堂でしか現存しないほど貴重なものなのです。
養源院は三十三間堂や智積院のように有名な観光スポットではありませんが、京都を訪問した際は是非訪問してみることをお勧めします。
2016年12月13日火曜日
中坊進二と京都、妙法院の見どころ
京都は日本人だけでなく外国人からも人気なので、これから訪れようと考えてる方が結構いるはずです。訪れる際はメジャーなスポットだけでなく、穴場スポットにも訪れてみるべきです。その一つとして、妙法院を挙げることができます。そこで、実際に中坊進二が訪れた際に感じた見どころについて見ていきます。
妙法院の見どころは何といっても仏像になります。千手観音坐像や千体千手観音立像、風神・雷神像などがあり、どれも写真や映像ではなく自分の目で観るべきものになります。平安時代や鎌倉時代にできた歴史あるものなので非常に価値があります。仏像にあまり興味がない人でも実際に見てみれば、凄いものだということが分かるはずです。中でも中坊進二が凄いと感じたのは風神・雷神像になります。カッコよく迫力があるので、本当に来てよかったと思いました。
アクセスは京都市バスの東山七条を降りたらすぐの場所にあるので、かなり良いと評価しています。拝観時間は9時~16時で、料金は600円~800円となっています。特別公開時は拝観時間が異なる場合があるので、事前にホームページでチェックしてから訪れるようにしてください。京都といったら清水寺や金閣、銀閣などを選ぶ方が多いようですが、妙法院も間違いなく魅力的なところなので少ない時間でも構わないので行ってみることを推奨します。中坊進二自身も友人に誘われて行ったのがきっかけだったので、よく知らないという方でも全然楽しめると思われます。
2016年12月12日月曜日
中坊進二の京都旅行、六道珍皇寺を訪れる
中坊進二が京都でおすすめしたいのは京都市東区にある六道珍皇寺です。「六道」さんという名で親しまれているこのお寺は、お盆に精霊迎えに参詣するお寺でもあります。建立されたのは平安時代以前と古く、冥府を行き来したと伝えられている小野篁卿の所縁の寺院で、山号を大椿山、本尊は薬師如来で臨済宗建仁寺派のお寺です。
異色のお寺として京都を代表するミステリースポットである六道珍皇寺は、山門前に「六道の辻」の石碑があり、あの世とこの世の境界であることを伝えています。六道には①地獄②餓鬼③畜生④修羅⑤人間⑥天上界の6つの世界があるとされ、死後生前の善悪の業によりどれかに赴くとされています。
六道珍皇寺は秋になると特別公開をしていて、寺宝展を開催しています。中坊進二のイチ押しは「参詣曼荼羅図」や「熊野観心十界図」など通常は非公開となっているもので、寺宝開帳に合わせて来ると特別拝観をすることができます。「冥途通いの井戸」や「黄泉がえりの井戸」など名前からして興味をそそるものばかりです。残念ながら見逃してしまった人は次回の特別拝観を是非おすすめします。
11月の特別公開期間中は、新たな梵字宝印での紅葉紙金泥の御朱印6種類セット(3,000円)を数量限定で拝観者に授与していて、こちらも中坊進二のおすすめです。通常は本尊墨書「薬師如来」の御朱印で、正式には「薬師瑠璃光如来」といいます。病気を平癒し、身心の健康を守ってくださる現世利益の仏さまということで、「大医王仏」という名前でも知られています。
2016年12月11日日曜日
中坊進二が京都で行った建勲神社
中坊進二が建勲神社を訪れたのは冬の時期です。船岡山公園からは市街地が一望できるので、空気が澄んだ冬の晴れた日を選びました。神社の境内は京都市街地の北部に位置する船岡山の山頂付近にあります。神社の入口に行くために、京都駅から市バス205系統(西大路通経由)を利用しました。出発した時はバスの車内に多くの外国人観光客が乗車していましたが、大半の人は途中の「金閣寺道」で下車しました。
北大路通に入って「建勲神社前」バス停で下車して船岡山の東側の道を進むと建勲通との交差点があり、神社の入口がありました。入口にある木製の大鳥居をくぐって中に入ると正面に末社がありました。本殿に行くためには山登りをしなければなりません。
末社の鳥居をくぐらずに左に曲がって進むと東参道の石段がありました。この石段を登るとさらに左側に石段が続いていて、道なりに進んで行くと山頂付近に出ました。山頂は広場になっていて、奥の方に手水舎と本殿がありました。本殿前の広場は美しく整備されていて、砂利が敷かれていました。
神社を訪れる前は、「建勲」の読み方は「けんくん」だとばかり思っていました。市バスの車内アナウンスでも「けんくんじんじゃまえ」と言っていました。ところが、正式には「たけいさおじんじゃ」と呼ぶそうです。
建勲神社は織田信長を祀るための神社で、途中には信長にまつわる歌碑などがありました。
メジャーな観光地ではないので神社を訪れる観光客は多くはありませんでしたが、中坊進二が訪れた日にも境内で数組の若い女性の参拝客を目にしました。
中坊進二がこの神社を訪れて思ったことは、戦国時代を太く短く生きた織田信長という人物の魅力を感じさせる神社であるということです。この場所に来れば戦国時代を生きた歴史上の人物としてではなく、人としての信長に触れることができるのです。
神社を訪れた後に船岡山公園の山頂に行き、京都の市街地を一望しました。
2016年12月10日土曜日
中坊進二と京都、大徳寺へ赴く
"中坊進二が訪れた京都の大徳寺は創建1325年頃といわれており、敷地内には20もの塔頭があります。通常非公開となっているものも多いのが残念ですが、歴史好きな方は各大名の菩提寺もありますので見てみるのも良いです。例えば瑞峰院はキリシタン大名として有名な大友宗鱗夫妻のお墓がありますし、高桐院は細川忠興始めとする細川家の菩提寺です。忠興の夫人で有名なガラシャ夫人のお墓もあります。秋頃には参道で非常に美しい紅葉を眺めることができます。ちなみにガラシャ夫人は信長の仇である明智光秀の娘ですから、広大な敷地内とはいえ、2人のお墓が同じ場所にあるというのも不思議なことです。忠興のお墓は燈籠の形をしており、もともとは千利休の燈籠でした。秀吉が気に入って譲ってほしいと言ったのを傘の一部をわざと折って断り、忠興に贈ったといわれています。こちらには京都でも有名な出雲の阿国のお墓や千利休の邸から移築した書院「意北軒」などもあり、歴史好きな中坊進二はとても興奮しました。
大徳寺は戦国武将として有名な織田信長の葬儀が行なわれた場所であり、そのお墓は豊臣秀吉によって「総見院」に作られています。京都の中でも有名な武将に関係している場所なので、中坊進二としてはとても楽しみにしていました。また大仙院は千利休が親しく訪れた名刹ですが、こちらの枯山水庭園はとても美しく、30坪ほどの敷地に石と砂を組み合わせ、蓬莱山に見立てた大石を滝口として渓流が大河となる様子を表現しています。
"
2016年12月9日金曜日
中坊進二と京都、上賀茂神社の見どころ
"中坊進二が愛している京都の神社の中も、最も有名で観光客も多い神社の一つに上賀茂神社があります。この神社は京都市内の北部に位置している、別名「加茂別雷神社」とも呼ばれる神社であり、ユネスコの世界遺産「古都京都の文化財」の1つにも登録されている神社です。下鴨神社と共に古代氏族の賀茂氏の氏神を祀る神社であるのが特徴で、葵祭で有名な神社でもあります。
上賀茂神社が創建されたのは西暦670年代の天武天皇の時代であり、雷を「神様」ととらえていた古来の日本人にとって神聖な場所でもありました。
中坊進二が訪れたのは葵祭の時期なのですが、他の時期でも参観は自由となっているため、午後5時までなら自由に参観できるのが特徴です。
神社の見どころとしては、国宝となっている本殿・権殿や、重要文化財に指定されている楼門などです。中坊進二はこれらを見て感動しました。また、鳥居を入ったところにある立砂や細殿も見どころとなっています。この立砂は神社の北にある神山を模して作られたとされており、現在でも鬼門や裏鬼門に砂を撒いて清める風習があるのはこの立砂が起源とされているほど歴史があるものです。
また、縁結びの神である片岡社も近くにあるため、縁結び・恋愛成就などのご利益を授かりたい人にもお勧めです。
上賀茂神社には、賀茂別雷大神にちなんだ厄除けのお守り・お札が用意されています。また、合格祈願や交通安全、安産、延命長寿のお守りなども用意されているのも特徴です。"
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